Sさんの家
足柄上郡大井町
33坪
2020年竣工

「土地を買ったので家を建ててください。」
土地がなければ、建てることも、設計することもできない。
何てありがたいお話なのだろう。
でも今回、なによりも難しかった点がひとつだけある。
それは、Sさんは開発分譲された数区画の土地のうち、「一番はじめに買った人」であるということ。
しかも、開発地の端ではなく真ん中である。
まわりがどんな家になるかわからない。
見たいもの、見たくないものがどんな形で後から現れるのか、今はまだわからない。
一番最後まで待っていられたら一番良い。が、まあそうもいかない。
あるいは、こちらの好きなように建てて、まわりが読み取って設計してくれれば良いけど、そうもならない。
だからまずは、隣り合う区画を設計してみる。
とはいってもエスキス程度のもので、オーソドックスな間取りを考える。
家族構成を決め、立地条件から車の台数や駐車場の場所などを想像する。

なんとなくイメージが出来てきたら、Sさんの家の暮らしをかたち作っていく。
南と東西には、家が建つ。
それでも必要で解放させたい場所は、大きく窓を開ける。
あとは、その窓の前に大きくなる木を植える事にした。

住み慣れてくるころには、木がSさんの家とまわりの家とを緩く仕切ってくれる。
写真は竣工直前のものだけれど、10年、20年たったらどうなっていくか楽しみである。
各職人さんたちは、いつも丁寧に作業をしてくれる。
そんな姿をみて、私はいつも感服している。
ちなみに、私の図面は手書き。
線がボタンひとつで引けたり、細かい箇所や難しい計算は、チャチャっと機械がやってくれる時代なわけだが、こちらはそうはいかない。
この仕事の楽しい部分を機械に奪われるわけにはいかないのだ。
でも、手間も時間もかかる。
割と多いケースで今回もそうだったが、設計や工事に対して要望のようなものはほとんどなく、お任せいただく事が多い。
良いものを作ろうと、あーでもない、こーでもないと考える。
職人さんたちと話をし、設計や工事が進む。

だが、いつしかまわりの建築現場には追い抜かれ、1番はじめに土地を買った人は、1番はじめに住んだ人ではなくなってしまった。
それでも、期待して待っていてくれるお施主さんには、いつも感謝が絶えないのである。