top of page

私の家

神奈川県茅ヶ崎市

3.jpg

茅ヶ崎の海側から山側へ。

2024年に建てた、22坪ほどの小さな家である。



このあたりには、湘南で唯一の酒造があり、広い敷地の中に佇む建築と、丁寧に用意された料理とが人を惹きつけ、いつも穏やかな賑わいがある。

けれど、それ以外に目立った商業施設はなく、相模線の開業を機に形づくられた住宅地が、どこか漫然と広がっている。



近年はその静けさの中にも分譲の波が入り込み、似たような家並みが少しずつ増えてきた。

築30年から50年ほどの家々のあいだに、更新された住まいが点在している。子どもの頃をここで過ごした人が、家族を連れて戻ってくる。そんな風景も珍しくない。

例に漏れず、この家もまた、その流れの中にある。

それでも、均質な街並みの中にあっても、ひとつひとつの住まいのあり方は、本来もっと自由であってよいはずだと思っている。


建築については、華美な装飾や強い主張を避け、落ち着いた佇まいにしたいと考えた。

特別な素材や技巧に頼るのではなく、よく使われるありふれた材料を、図面を通して丁寧に整えることで、少しだけ良い空間がつくれればよいと思った。





結果として、予算の制約もあり、やりたかったことのすべてを実現できたわけではない。

それでも、できなかったことよりも、できたこと、うまくいったことに目を向けると、この家は自分にとって十分に納得のいくものになったように思う。



以前、海側に住んでいた頃は、薪ストーブや暖炉のある暮らしに親しんでいた。

しかし今回は、両親の家の庭の一角に、滑り込ませるように建てる計画だったため、周囲の建て込みや距離感を考え、煙やにおいの影響を避けるべく、火のある暮らしはいったん手放すことにした。


敷地のどこに配置するかは、最後まで悩んだところである。

両親の家の日照を損なわないこと、近隣に圧迫感を与えないこと、そして自分たちの住まいとしての採光や通風を確保すること。限られた条件の中での調整は容易ではなかったが、結果として、それぞれの関係が無理なく収まる位置を見つけることができた。



北側から安定した光を取り込む場所には、いつものように手書きの図面を描くための居場所を設けた。光の質が一定で、思考を妨げないこの場所を、とても気に入っている。



当初は、親の家に増築する案も検討したが、将来の管理のしやすさを考え、別棟とした。

敷地はおよそ100坪。その半分ほどを分け、資金計画の面でも、抵当権の範囲が親世帯に及ばないよう整理した。暮らしだけでなく、制度の面でも独立したかたちをとっている。




この地域は、隣家との距離が近く、火災に対する配慮が求められる。

内部・外部ともに木の建具を使いたいという思いがあったが、防火上の制約から、距離を確保するか、防火壁を設けるか、あるいは認定品を採用するかの選択が必要となった。

今回は、リビングの開口を造作でつくるため、防火壁を設けることとした。その結果として、外の景色は過度に開かれることなく、やわらかく切り取られるものとなった。



アプローチに植えた植物は、まだ背丈も低く、頼りない姿をしている。

それでも、この家とともに少しずつ育ち、やがて街並みの一部として、風景をつくっていくのだと思う。



ソファに腰を下ろし、庭の揺れをぼんやりと眺めていると、この家の大きさはこれで十分なのだと自然に思えてくる。



住まいは、完成した瞬間に完結するものではなく、時間の中で輪郭を深めていく。

この小さな家もまた、これからの暮らしとともに、静かに育っていく。

まだ整っていないところも含めて、その余白ごと引き受けながら。





bottom of page