はじめの私の家
神奈川県茅ヶ崎市
22坪
2017年竣工

何がきっかけだったか、今は覚えていない。
30になるかどうかくらいの時、急に家がほしくなった。
それは、所有欲から来るものではなかった。
土地も建物も何も持っていない、「ゼロ」から「住む」というところにたどり着くまでのプロセスのうち、建てる側の経験はありがたいことに今まで数多くさせていただいた。
でも、もう一方のいわゆる施主側のことを経験してみたくなった。
そう思い立つも、すぐに少し気持ちの寄り道をしてしまった。
茅ヶ崎、藤沢、平塚、大磯の周辺には、80年代から90年代までを中心として、
いまでは考えられないような贅沢なマンションが多数存在する。
ちなみに、贅沢というのは豪華ということではない。
昨今の新築マンションといえば、敷地を目一杯使い、建物は豆腐を切った様な無味乾燥な形をしており、表面にツルツルピカピカなきれいな素材を張り付けただけのようなマンションが多い。
返って、その年代のマンションは、広い敷地には公園があったり、低層なために空が広く感じたり、緑道、緑の小路があったり、敷地内に地下水をくみ上げた川が流れていて、自然のカニがのんびり歩いていたり。
つまり、心にとって贅沢なのだ。
それらが、築年数が経ったことで値段もこなれてきた。という訳。
そういったマンショ ン暮らしも、ちょっとあこがれる。
候補に挙がった場所もあったが、いやいや、初心に戻ってやっぱり建てたいと思ったのだ。
不動産情報を眺めていると、売れ残っていた海の近くの整形の土地が目に留まった。
なぜ売れ残っているのか理由を尋ねると、小さいから。だそうだ。
小さいから、周辺に比べて総額が安い。
頑張って建てても、23坪ちょっとの延床面積にしかならない。
私にはぴったりだと思った。
小さい家になることには、全く抵抗がなかった。
それはきっと、建築の諸先輩方が残してくれた、小さくても良い家というものをたくさん雑誌やらで目にしてきたからだ。

建物は、2階建ての2階をリビングにした。
小さな家であればあるほど、その効果は大きく感じる様だ。
平面的にはコンパクトでも、勾配天井にしたりして縦の広がりを得ることができる。
一般的に、1階は地震や風対策で2階よりも壁が多く必要になる。

1階は、個室を設けるから壁があって良い。
2階のリビングには、開放的な窓をつけたい。
この私のニーズをうまく満たしてくれるのだ。
結果、日当たりがよく、風もよく流れる。
窓をあければ、ほのかに潮のかおりがする。
素材は、当たり前の様に自然素材で作った。
針葉樹の床が、足に気持ちいい。
冬は薪ストーブで火を楽しむ。
建築した当時、夫婦二人ということもあって車はジムニーに乗っていた。
小さなサイズのジムニーが、キュッと収まる駐車スペースを設計の時は確保していたが、結局おかまいなしに、木や花を植えてしまった。
車は近くの駐車場を毎月数千円払って借りた。
小さくても庭が欲しかったのだ。
小さくても、庭の世界に飛び込むように虫の視点で覗いてみると、宇宙の様な広がりを感じるのだ。
家も庭も小さかったけれど、今振り返れば大きく、おおらかに暮らすことができていたと思う。

娘が産まれた後も、近所の人がいつもやさしく声をかけてくれた。
そのつながりが、あたたかくありがたい。
でも、家庭の事情もあり、泣く泣く手放すことになるとは。